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名古屋高等裁判所 昭和25年(う)1254号 判決 1950年9月19日

被告人

山田成夫

主文

原判決を破棄する。

本件を津地方裁判所に差戻す。

理由

検察官の控訴趣意第二点について。

原審認定の事実によれば、被告人は本件犯行当時津市役所財務課土地家屋係として勤務していたものであるが、昭和二十四年九月頃から同二十五年一月末頃迄の間に、前後十五回にわたり、田中芳雄外十三名から前後十五回にわたり各不動産取得税名下に合計三十三万八千九百十八円を騙取したものであつて、その情極めて悪質であるから、之に対し刑の執行を猶予することは特別の事情なき限り(例えば被害を弁償し、且つ再犯の虞れ無きこと等)多くの裁判例から看ても極めて異例に属すると謂わなければならない。惟うに原審が被告人に対し刑の執行猶予の言渡しをたのは、記録編綴の原審弁護人吉住慶之助作成に係る上申書と題する書面添付の十四通の弁償受領書により、被告人が本件の被害金を全部弁償し、且つ改悛の情顕著なものありと認めた結果であろうと思われるが、果して然らば之れ刑事訴訟法第三百七十九條に所謂判決に影響すべき訴訟手続の違背あるものと断ぜざるを得ない。何とならば、右弁償受領書は原審の口頭弁論終結後たる昭和二十五年五月十二日即ち判決言渡の当日原審弁護人から原審に直接提出せられたもので適法な証拠調の手続を履践しないものであるからである。蓋し新刑事訴訟法は、裁判所の為す犯罪事実の認定は原則として起訴状の記載に拘束せられることとし(第三一二條)職権による弁論の併合又は分離並に証拠調の決定等に際つても当事者の意見を聴くことを必要とし(第三一三條、第二九九條第二項)当事者の主張せない事項に就ては判断の義務なきものとし(第三七七條乃至第三八三條)証拠調又は裁判長の処分に対しては当事者に異議申立の権利を与え(第三〇九條)相手方の同意の有無により証拠能力に差等を附し(第三二六條)裁判所に対し当事者に反証提出の機会を与えることを要求し(第二〇四條)証拠調の方法に就ても公判廷における朗読、訴訟関係人に対する展示(第三〇五條乃至第三〇七條)を必要とする等の規定を置いたのは旧刑事訴訟法の職権主義に反し、当事者主義を強調し、職権主義はその背後に隠れて、以て民主々義に基く刑事訴訟の運行を期すると共に公明正大な審理を要求したものに外ならない。かかる法制の下に於ては苟くも相手方の反対尋問に曝され、又は反証提出の機会が与えられなかつた資料に基いて、裁判官の心証を形成することは之を厳禁せられるものと解するを相当とする。この事は罪となるべき事実は素より単に刑の量定に関する事実に就ても同一である。翻つて刑事訴訟法第三百十七條によれば「事実の認定は証拠による」とあつて、旧刑事訴訟法第三百三十六條とその文意全く同じであるから、刑の量定のみに関する事実は公判廷に於て証拠調をしない資料によつて之を認定するも差支えないという見解もあるので、原審弁護人はこの見解に従つて公判廷外に於て前記十四通の弁償受領書を提出し、原審裁判官亦この見解の下に該書面を受理したものと思われるが、若しこの見解を是認せんか、新法の強調する当事者主義を全く沒却し、公明正大なるべき訴訟手続をして片言訴訟の弊に陥らしめるものといわなければならない。仮りに立場を代えて、検察官が量刑について被告人に不利益な多数の資料を証拠調の手続を履践せず公判廷外に於て秘かに裁判官に提出し、以て被告人に極刑を科せしめた場合に於ては被告人又は弁護人は之を黙過しないであろう。以之看之、刑事訴訟法第三百十七條に所謂「事実」とは「罪となるべき事実」は素より「量刑に関する事実」をも包含するものと解するを相当といわなければならない。素より刑の量定は犯罪事実のみならず、被告人の経歴、身分、地位、教育の程度、犯罪の動機、態様、事後の経過等諸般の事情を綜合した結果決定せられるものであつて、その復雑多岐なる到底具体的な立証を許さないものがあるから新法に於ても旧法と同じく判文上は量刑に就ての挙証を要求しないのであるが、右は単なる形式的な技術面の要請に基いたに止まり、これを以て量刑に対する心証形成に影響ある資料を提出するにつき、証拠調の手続を履践しないことを許したものと解することは失当である。されば原審が適法な証拠調の手続を履践しない前記十四通の弁償受領書を、而も公判廷外に於て、検察官不知の間に之を受理し、審理判決したことは明に違法であつて、而も右各書面を除いては被告人に刑の執行猶予を言渡した合理的根拠は記録中之を発見し得ないから畢竟右の違法は判決に影響したものと認めるの外なく論旨は寔に理由がある。

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